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好きと嫌い、嫌いと好きは紙一重のように思う。嫌いにもなれない人間よりも、自分の嫌いな人間の方が魅力的だったという事はよくある。自分が好きな作家よりも、反吐が出るくらい嫌いな作家の文章から多くの示唆を得たというのもよくある。


嫌いは好きになり得る。
ノーと言えない人間は、二重の意味でまずい。一つは、明確な判断基準がない故にノーと言えないと見なされること。もう一つは、それによって相手の思想や信条を理解する機会を失うこと。ノーには出口がある一方、ノーと言えない者には出口が無い。もちろん譲歩は必要だけれども、そこには少なくとも嫌いの下敷きがないといけない。


リバース、好きは嫌いになり得ない。結局それは、最初から好きなフリをしていただけなんだろう、それを好きと言っている自分が好きなだけ。きっと着飾るのが好きなんだ。


周りに合わせて自分のペースを殺して歩いたら、ラクではあっても空っぽになる。


一人が小走りになる、歩みを止める、スキップで行進する。すると残った者は表情一つ変えずに、反駁しようもない銃弾を浴びせる。
ドーン、本当にうんざりする。

| 考えごと | 09:18 | comments(0) | trackbacks(0)
それがいくら不完全なものであるにせよ、絵を描くことが好きだ。何故だか分からないけれど。

楽しくないときだってある。自分がそこに描いたものを見て、心底うんざりする事だって。けれど、いい絵が描けたときの喜びは100回失敗した後の悔しさも帳消しにしてくれる。だから描く。

いい絵を描いているときは、彫刻家にでもなったような気分になる。絵を描いているという感覚を超えるときが、本当に稀ではあれど、ある。白い空間の中を、黒鉛の蚤をもって切り裂いてゆく。輪郭をとって、像が浮かび上がる。それはあたかも自分に掘り起こされるのを待っていたかのように浮き出てくる。この喜びは、何事にも代え難いように思う。

いい絵が描けたときは、迷わず人にそれを渡そうと決めている。意味なんて無いのかもしれないけれど、自分が絵を描く意味を求めようとするのなら、おそらくそこに行き着くのではないかと思う。

自分を取り巻く大切な人や、旅先で出会った人、見知らぬ誰か。そんな人たちを通して、結局自分のために絵を描いているのかもしれない。よくわからないけれど。
| 考えごと | 05:04 | comments(0) | trackbacks(0)
ハロー 時々文章書きたくなって、ブログしてます。暇だったらよろしくー
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