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リスが道路を横切り、茂みの下ではウサギが居眠りをしている。水辺で手を伸ばすと、小鳥がそこへ集まり盛んに指をつつく。石畳の絨毯と呼応するように街を包むグリーンとブルー。空は突き抜けるようで、それが自分のいる位置と繋がっていることが奇跡のように思えた。


巨大なターミナルに腰を下ろして、駅前を行き交う人々の姿を眺める。突き抜けるほどに眩しい日差しの中で、皆それぞれの視点の中に動いている。当たり前のことだけれど、それぞれに異なった意識や環境が与えられながらそこにいる。もちろん自身の視点には人の視点も入り込んでくるし、それゆえ人の動きだって頭に入れながら僕らは動く。視点はどんどん取り込んでゆく。動きを、空気を、論理やら規律を。その循環の中で肥大化し、身動きのとれなくなった視界はいずれ定点を失うような気がして、それが怖いから見知らぬ場所を求めてきたのかもしれない。


何本かの煙草が灰になった後、人通りの少ない方向へふらふらと歩き出す。街歩きを繰り返すうちに染み付いてしまった癖のようなもので、そのほうが街の素の表情を読み取れる気がするのだ。しばらく歩くと眼前に鯨のような形態をした塊が見えた。スティーブンホールがコンペティションで勝ち取った、大地の神話的なパワーを具現化したような現代美術館キアズマ。残念ながら月曜は休館日のようで門は閉ざされていたが、裏手には気持ちよさそうな芝が青々と繁っていた。まだまだ宿を探すのに焦るような時間ではないので、バックパックを枕にして具合のよさそうな木陰に寝転ぶ。木々に切り取られた青を眺めていると少しずつ時間のネジが弛んで、膨張を繰り返しながらその場にとけてゆくような気がする。うっとりと鈍る時間は長い移動でほつれた隙間を何も言わずに埋めてくれた。

    

浅い眠りから目を覚ますと、芝の上にはいくつかのグループが出来ていた。入り口付近では中高生くらいのスケーターが石造りのベンチに見事なグラインドをしてみせ、反対側の芝生ではチキンモヒカンをカラフルに染めたパンクス達が通りすがりのおばさんと談笑している。年月を吸って少しずつ老け込んだキアズマのファサードに向かって、酔った何人かの若者が空き瓶を投げつけたり唾を吐きかけている。ここでは芝が日々の生活のクッションのような役割を果たしているように思えた。リズムが乱れたらここに来て、飽きるまで空を眺めていられる。自分のような異邦人も何も言わず受け入れてくれるこの場所に、なんだか感謝したいような気持ちになる。


パンクスの女の子に安宿のありそうな所を聞いて、何軒か名前をピックアップしてもらう。トラムを使えばすぐに着きそうだったけれど、まだまだ日暮れまで時間がありそうなので足を使った。何軒かのユースで断られながら、ようやくベッドの空きを見つけた。指定された部屋をノックすると眠たそうな顔をした白人がドアを開けてくれる。簡単な自己紹介をして握手をかわす。名前はビョーン、カナダから大学の研究のため奨学金をもらってやってきたが、安宿の仲間とつるむうちにすっかり女遊びとドラッグ浸かってしまったらしい。少し眠りたい気持ちもあったが、妙に話が弾むのでそのまま食事をとりに出ることにする。かなり庶民的な店にもかかわらず、値段は全然やさしくない。財布の中身に対する暗い気持ちを振り払うように、ヘルシンキの明るい夜にビールで乾杯をした。
| ふぃんらんど | 17:24 | comments(9) | trackbacks(0)
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