一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | -
    
リスが道路を横切り、茂みの下ではウサギが居眠りをしている。水辺で手を伸ばすと、小鳥がそこへ集まり盛んに指をつつく。石畳の絨毯と呼応するように街を包むグリーンとブルー。空は突き抜けるようで、それが自分のいる位置と繋がっていることが奇跡のように思えた。


巨大なターミナルに腰を下ろして、駅前を行き交う人々の姿を眺める。突き抜けるほどに眩しい日差しの中で、皆それぞれの視点の中に動いている。当たり前のことだけれど、それぞれに異なった意識や環境が与えられながらそこにいる。もちろん自身の視点には人の視点も入り込んでくるし、それゆえ人の動きだって頭に入れながら僕らは動く。視点はどんどん取り込んでゆく。動きを、空気を、論理やら規律を。その循環の中で肥大化し、身動きのとれなくなった視界はいずれ定点を失うような気がして、それが怖いから見知らぬ場所を求めてきたのかもしれない。


何本かの煙草が灰になった後、人通りの少ない方向へふらふらと歩き出す。街歩きを繰り返すうちに染み付いてしまった癖のようなもので、そのほうが街の素の表情を読み取れる気がするのだ。しばらく歩くと眼前に鯨のような形態をした塊が見えた。スティーブンホールがコンペティションで勝ち取った、大地の神話的なパワーを具現化したような現代美術館キアズマ。残念ながら月曜は休館日のようで門は閉ざされていたが、裏手には気持ちよさそうな芝が青々と繁っていた。まだまだ宿を探すのに焦るような時間ではないので、バックパックを枕にして具合のよさそうな木陰に寝転ぶ。木々に切り取られた青を眺めていると少しずつ時間のネジが弛んで、膨張を繰り返しながらその場にとけてゆくような気がする。うっとりと鈍る時間は長い移動でほつれた隙間を何も言わずに埋めてくれた。

    

浅い眠りから目を覚ますと、芝の上にはいくつかのグループが出来ていた。入り口付近では中高生くらいのスケーターが石造りのベンチに見事なグラインドをしてみせ、反対側の芝生ではチキンモヒカンをカラフルに染めたパンクス達が通りすがりのおばさんと談笑している。年月を吸って少しずつ老け込んだキアズマのファサードに向かって、酔った何人かの若者が空き瓶を投げつけたり唾を吐きかけている。ここでは芝が日々の生活のクッションのような役割を果たしているように思えた。リズムが乱れたらここに来て、飽きるまで空を眺めていられる。自分のような異邦人も何も言わず受け入れてくれるこの場所に、なんだか感謝したいような気持ちになる。


パンクスの女の子に安宿のありそうな所を聞いて、何軒か名前をピックアップしてもらう。トラムを使えばすぐに着きそうだったけれど、まだまだ日暮れまで時間がありそうなので足を使った。何軒かのユースで断られながら、ようやくベッドの空きを見つけた。指定された部屋をノックすると眠たそうな顔をした白人がドアを開けてくれる。簡単な自己紹介をして握手をかわす。名前はビョーン、カナダから大学の研究のため奨学金をもらってやってきたが、安宿の仲間とつるむうちにすっかり女遊びとドラッグ浸かってしまったらしい。少し眠りたい気持ちもあったが、妙に話が弾むのでそのまま食事をとりに出ることにする。かなり庶民的な店にもかかわらず、値段は全然やさしくない。財布の中身に対する暗い気持ちを振り払うように、ヘルシンキの明るい夜にビールで乾杯をした。
| ふぃんらんど | 17:24 | comments(9) | trackbacks(0)
何かと悪い噂ばかりのアエロフロート、何故だかモスクワのシェルメチェボ空港でのトランジットが24時間も添えられていた。 すっかりカラマーゾフ熱に浮かされていたためにモスクワの街を出来るだけ見てやろうと思っていたら、ビザが無いと空港から出れない様子。仕方がなく空港内で丸一日分の時間を過ごすことになった。


空港といえど、ロシアである。公共空間とは思えないほど薄暗く、同じようにトランジットで待たされている人々が新聞紙を敷いて寝転び通路を埋め尽くしている。ノースモーキングの看板の下では空港職員が平然と煙草をふかしながら談笑しており、ゲートには空港にすら入れずに空を睨む中国のツアー客で溢れている。ゲートで待っていても東洋人が嫌いらしくわざと受付に職員が出てこない。ツアーコーディネ−ターが慣れた手つきで煙草を渡し、ツアー客はぞろぞろと空港内に移る。


空港内は有名ブランドのショップと飲食店で占められているが、ユーロを受け付けてくれないので何も買うことが出来ない。いくら交渉してもノーキャッシュ、24時間水で過ごさなければならないようなので眠ることにした。先客に数枚の新聞紙を譲ってもらい、毛布に包まって通路に寝転がる。バックパックの枕はお世辞にも心地よいとは言えないけれど、一つの旅のスタートラインとしては素敵な気がした。目の焦点の狂ったおばさんがビニール袋に嘔吐し、その隣では何人かのグループがポーカーに興じている。酔っ払った職員が枕元で何かを呟いて、日が沈むにつれてどんどん気温は下がっていった。


浅い眠りから目を覚ますと、辺りは不気味なくらい暗くひっそりとしていた。周りにいた人々はほとんど姿を消し、照明もほとんど消えている。おそらく残っているのはトランジットホテルに泊まる金もなく安いチケットを求めた間の悪い人だけなのだろう。飛行機の中でずいぶん寝入ってしまったので全然眠くない、毛布を残して少しばかり空港内を見て回ることにした。店のシャッターはすべて下り、空港職員も消えている。薄暗い喫煙室には若い黒人の兄弟が寝入っていた。気持ち良さそうな寝顔につられてもう少し眠ってみようと思い、ブラブラと歩いてきた道を引き返す。


寝床まで戻ると、同い年くらいの女の子が自分の毛布にくるまって座っていた。近づいてゆくといたずらっぽいような、申し訳ないような顔をしながら毛布を手渡される。英語はほとんど喋れないようで、スケッチブックに絵を描いて意思疎通を図る。どうやら同じような境遇ではあれ彼女の方は帰国便で、ホテルに使えるようなお金もないのでここに残ったらしい。スケッチブックのロシア人は彼女の落書きでたちまち教科書の偉人になり、空気枕はバレーボールになった。そんなやり取りの中で、素直に状況を楽しむということがとても素敵に思えた。空が少し白んで来た頃、二人で毛布をシェアして再び浅い眠りについた。

    

太陽が昇るにつれて、通路はどんどん人で埋まってゆく。ここは人が来て、そして去ってゆく場だから、一晩明かした自分は既に古株みたいになっている。後から来た人に「ここ開いてますか?」なんて訊かれたりして。人は定着の深度によってその場所の意味合いを変えてゆくのかもしれない。定着に付随するようにレイアウトの変化があって、その延長線上に家がある。それが素直で自然なカタチなのかもしれない。自分の感じる場所とのある種交感のようなものを切り捨てて、バラバラに切り売りされる現代の土地に僕らはどうかかわっていけばいいのだろうか?


ヘルシンキ行きの便が到着し、女の子と握手を交わし24時間の仮の我が家をあとにした。短いようで長い、空っぽのようで濃密な時間の中に詰まったたくさんのヒント。不評だらけのアエロフロートが、なんだか少し憎めなくなった。
| - | 18:48 | comments(0) | trackbacks(0)
ロンシャンの大地はひんやりとしていて、それでいて温かい。木陰に揺れる露草 はその感触を背中に刻んで、シャツの下にある微温をその場所へと順化させる。 夕刻の木立は西日を受けて青緑色の陰をつくり、濁りのない青を明確に切り取る 。そんな森閑とした空気感の中で、自分の定点をようやく思い出したような気が した。


東京にきてからしばらくの間は、絵を描くことすら忘れていた。繰り返す日々に 違和感を感じながらも、それをうやむやにしながら淡々と生きる自分がいた。誰 かが造り出した成功のイメージに支配された状態では、視界の定点は与えられた ものに過ぎない。与えられた視界に慣れてくると、徐々にそれが自分のもののよ うに思えてくる。その視界に順応すればするほど、自分は誰なのかすら分からな くなる。そんな悪循環を変える契機となったのは、文章と絵だった。


絵を描くこと、文章を書くことは、観ることとよく似ている。たとえそれが遠い 地のものであっても、描いた場所のことは隅々まで思いを巡らすことができる。 たとえ長い時間を隔てていても、書いて考察したことは心の中に残っている。そ れはきっと、紙を通して心にも描いているからだと思う。


ロンシャンを最初に訪れた時、その門は閉ざされていた。広域のロードマップには記載されていないので、道行く人々に尋ねながら、ゆっくりとその地を目指した。やがて小さな山の上に白い建物を見つけたとき、同乗していた皆の呼吸が一つになった。丘の上までくると、街が一望できる。教会を中心に石造りの民家が群れをなして、街全体が呼吸しているように見えた。駐車場の後ろには小さな森があり、門を潜れなかった僕らはそこへ倒れ込んで大地とともに呼吸した。





ロンシャンからしばらくいったところにある(パリではないくせして)ホテルパリスにチェックインして、ベッドに潜り込む。何度もイメージを反復しているうちに目が冴えてしまったので中庭に出ると、雲間から顔をのぞかせている月がとても綺麗。これなら雨の心配もないだろう。煙草を何本か吸った後、部屋へ戻った。目が覚めて外に出てみると、空には雲一つない。朝の通りを歩くと巨大な清掃車が石造りの道に水を撒いている。人通りのない朝の街、なんだか穏やかな気持ちになった。


再びロンシャンへと向かい、門をくぐる。砲撃によって破壊された教会の残骸を越えて、スロープを上る。なかなか教会は見えてこない。なんて日本的な感覚なのだろう。


最初に見えるのは、あまり写真ではなじみのない角度。青々とした草木の中に、たんぽぽの花が生えている。空は突き抜けるように青い。隣にいた白人の女の子と目が合うと、彼女は胸に手を当てて微笑んだ。この場所では、言葉を介すことなく感情が伝わる。「なぜこんなにも尊いのだろうか」と。女の子は小さな声で何かを囁きながら、少し涙ぐんでいるように見えた。


| ふらんす | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0)
サグラダファミリアの中でスケッチを始めると、実に多くの人に声をかけられる。調子に乗ってアイムジャパニーズペインターなんていったらちょっとした人だかりができたくらいに。そこは教会の内部というよりは木々の間に佇んでいるような感覚で、完成が想像できなかった。目を閉じて、あるだけの想像力を掻き集めて、少しだけ描く。その行程を何度も何度も繰り返す。周りに人がいなくなるまで、時間が経つのも忘れてその空間に夢中になっていた。


受難の門を出ると、辺りはすっかり暗くなっている。コンサートは11時からなので、メトロを使ってランブラスの近くまで移動。駅を出ると、街はもう夜の顔。日中とはまた違うギラギラしたエネルギーに溢れて、街と人が不思議な感覚を共有していた。ランブラスから通りに入って、さらに細い通りへと抜ける。教会へと続く道では黒人に囲まれそうになり、小走りで駆けた。





普段見ることのない、夜の教会のステンドグラス。内側からの温かい光に照らされたそれは、言い表すことが出来ないくらい美しい。教会の前にはマルコのギターを待つ人々で溢れていた。日本語が少しだけ話せる中東の青年からチケットを買い、ゆっくりと門をくぐる。期待感に胸を膨らませた人々が、思い思いの席に座ってゆく。地元の人がほとんどで、観光客らしい人はほとんど見かけなかった。


教会の丸天井は、一つ一つ紡がれた音色をやさしく編んで夜に溶かしてゆく。開演の合図からずっと、見知らぬ人の笑顔が空間に溢れている。穏やかに、決して急ぐことなく、内側の宇宙へと染み込んでゆく。いつの間にか立ち上がって拍手をしていた。


マルコと握手をして教会を出た後も、宿に戻る気にはなれなかった。とりあえず朝から何も口にしていなかったので大通りでパエリアを注文する。通りの真ん中の席、大道芸人たちが踊っている。ワインは美味しかったけれど、やっぱりパエリアは塩辛い。


食事を終えランブラスを終わりまで進むと、港が見えた。小さな魚が群れをなして泳ぎ、得体の知れないゴミがそれを彩っている。前の日に泳いだ地中海のビーチとは違って、どこかもの悲しい。その感覚は夜の終わりを告げ、朝が近づくにつれて次第にその熱気を失う街を通り抜けて狭いベッドに戻った。
| すペいん | 22:09 | comments(2) | trackbacks(0)
バルセロナマールは某ガイドブックにも掲載されているくらいに有名なヒッピー宿。JBTみたいなドレッドのクールな白人に鍵を貰う。廊下ではスケボー、踊り場では刺青大会、トイレはいつもゲロ待ちの白人。部屋の鍵はもちろん使えずロッカーもダメ。とりあえず申し訳程度に安全そうな2段ベッドへ潜る。


インターネットスペースが受付の横に備え付けてあって、久々に日本を垣間見る。すぐにミクシィは検索できた。せっかくインターネットがあるのでバルセロナのパンクイベントを探したけれど、収穫なし。けれど翌日の夜にスパニッシュギターのフリーコンサートがあるという話を聞いた。マール周辺の通りはあまり治安がよくないらしく、遠出するのも億劫だったのですぐ近くのケバブ屋へ。ここは数日前にオープンしたばかりらしく、人も少なくて快適だった。(ちなみにここのパキスタン人の店主が突然自分はゲイだとカミングアウトしケバブを吹きそうになった)


翌朝、かなり早い時間帯に起床。朝食がスタートしてすぐにシリアルとパンを頬張りすぐに街へ出た。五分くらいで有名なランブラス通りへ出て、そこからは適当に歩く。パリやマドリッド、バルセロナといった巨大な観光都市はメトロが発達しているため、出鱈目に歩いていても迷子になることが無いので助かる。ホテルに一番近い駅の名前を覚えていればすぐに乗り継いで帰ってくることが出来るからだ。しかもメトロを乗り継ぐのであれば何処から乗って何処へ行ってもも1ユーロ。出口では切符を提示する必要が無いため非常に分かりやすい。


バルセロナはいくつかの大きな通りを中心として街が出来ているので、半日も歩けば街の構造がだんだんと分かってくる(旧市街は難しいけれど)。ランブラスから少し細い道を歩いていくつかの教会を巡っていると、港沿いにある巨大な市場を見つけた。日本では見たことの無いような、本当にカラフルでポップな市場。品物によって明確にエリア分けされており、肉と野菜と魚とお菓子が同じくらいの割合で展開している。午前中は市場の盛り上がりのピークで、さながら通勤時間の中央線のよう。その人ごみに入っていくのは少し気が引けたけれど、入ってみればこれほど面白い場所は無かった。とにかく魚の頭やら、牛の蹄やら、見たことも無いようなものがひたすら並んでいる。人々も陽気で、フランスのマーケットの空気とはまったく違う。それと市場にお菓子っていうのもすごい。主に入り口付近にお菓子やパンケーキの店が集中していて、カラフルなビーンズや見るだけで気持ちが悪くなりそうな色の数々が所狭しと並べられている。バルセロナの持つ熱気を詰め込んだような場所だった。



バルセロナでの買い物や食事は本当に楽しい。商売をやっている人にはたいてい英語が通じるし、バルサの話をするとまけてくれたりする。プジョル、デコ、メッシ、アミーゴス!!みたいなことを言うと本当に喜んでくれるのだ(さすがに教会のスタッフには使わなかったけれど・・・)。そうやって露店や大道芸人を見物しながら歩いていくと、遠くに異様な建物が見えた。カサ・バトリョ、ガウディの代表的な住宅建築。バルセロナは名建築が多い。少し歩くだけで様々な時代を代表する建築に巡り合う。しかしガウディ建築はそのなかでも特に異質だ。外観、内装、思想、彼が世界でもっとも有名な建築家の一人になった理由が建物の中に示されている。思考の果てにたどり着いたような、自然から智慧を受けたその立体はラスコーやアルタミラで見た古代人の壁画に通ずるものであるように感じた。


すぐ近くにあるカサ・ミラにも行ってみたけれど、こちらは少しテーマパーク化しすぎていて残念だった。列の前に並んでいたイタリア人の女の子にガウディ建築のレクチャーを頼まれ、そんなことを説明できるほどの知識もないくせに適当に喋りながら一緒に展示をまわる。途中でその人の彼氏も合流し、3人でガウディの模型を眺めながら出口まで行って別れた。その女の子は吹き込まれた出鱈目なガウディうんちくを得意げに彼氏に吹き込んでいた。ちょっと悪いことをしたような気もするけど、本人は楽しそうだったからいか。イタリアで間違ったガウディ情報が流れたりしたら面白いな。



カサミラを出ると、一気にサグラダファミリアを目指した。これだけは日没前に見ておきたかったのだ。カサミラのスタッフに聞いた道を少し行くと、受難の門のファサードが目に飛び込んできた。自然と早歩きになる。そこに近づくにつれて、同じ目的地を目指す人が増えてくる。一体幾人の人々がこの壮大な神の塔を目指すのだろうか?いくつものビルを抜けると、人の海にぶつかった。受難の門は出口側になっているようで。反対側の生誕の門までぐるっと一周するかたちになった。入り口には日没前にもかかわらず人で溢れかえっていた。


いざ生誕の門の側に来てみたものの、しばらくは圧倒されてチケットを買う気力も起きなかった。写真からイメージしていたよりも壮大なスケール、写真で見たよりも青い空。目の前に広がる池に写り込んだ聖堂を時間が経つのも忘れて眺めていた。

              (つづく)




| すペいん | 19:21 | comments(0) | trackbacks(1)
| ふらんす | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0)


白いテーブルクロスにぼんやりと光が落ちて、開演前の空気に融けてゆく。感覚を狂わせる巨大な美術館は、昼とは違う表情でそこにいる人々を内包している。白い壁の境界は曖昧で、揺るぎないはずの地面が急に不安定なもののように思えてくる。地震のときに感じるような、不安の中に混じった純度の高い興奮が胸に溢れて、視界が妙にブレる。


ピアノとアコースティックギターのデュオが登場すると、室内の温度が少し上がった。音のうねりが、信じられないくらい高い天井へと駆け上がり弾ける。空気が伸縮して、時間の感覚が無くなる。なんだか本当にあっという間で、密な時間。鳴り止まない拍手の中に、会場全体でハミングしたメロディがフィードバックした。


外に出ると、時刻は午前1時近い。死ぬほど疲れているはずなのに、そのままどこへでも行けそうな気がする。もうとっくにガス欠のはずなのに、それでも不思議と力が漲る。


ふと人間って、本当はもっとタフな生き物なんだと思った。本当にそれが束の間の出来事であれ、美しいものを分かち合い自身の糧にすることができる。あらゆる経験に学び、自身の美意識を形作ることができる。


ホテルはビルバオの高台にあるユースホステルで、多くの白人パッカー達が夜通し騒いでいた。部屋に荷物を置いた後ホテルのパティオに出ると、祭りの喧騒の中で何人かのヒッピー達が物憂げに座っていた。朝になれば、祭りは終わる。会話と言う形をとらなくても、少しだけ気何かを共有できる瞬間がある。いつベッドに入ったのかは覚えていない。けれど、目覚めたときのビルバオは日常の形に沈んでいた。

| すペいん | 17:53 | comments(0) | trackbacks(0)



スペインに入って3日目、ゲルニカの次に(ゲルニカについてはまた別の機会に)訪れたのはビルバオのグッゲンハイム。数キロはなれた高速道路の上からも確認できるほどの巨大でクレイジーな意匠。珍しく高速の乗り降りもスムーズで、一度も迷うことなく到着した。


チケットと交換で手首にパスが巻かれ、その日の内ならば何度でも再入場できるようになっている。外観のインパクトに負けないくらいの現代美術が並ぶ館内。内部空間は完全に常識の範疇を越えたスケールで、その中心にリチャード・セラの巨大な彫刻(というよりもはや建築)が鎮座している。


パティオのようなベランダのような不思議な空間で一人スケッチをしていると、一組のカップルがドアを開けて入ってきた。さりげなく近寄ってきて、スケッチをチラチラ見る。スケッチの最中に覗かれることはしょっちゅうだったので、最初は気にもしていなかったけれど、どうも様子がおかしい。そーっと気づかれないように彼らのほうを向くと、女のスカートに手が入っている。目が会うと男女共にニッコリ、驚いてこっちも何故かニッコリ。不思議な異国間コミュニケーション。


立ち去ることの出来る雰囲気でもなかったのでひたすら紙とにらめっこしていると、しばらくしてどこかへ行ってしまった。見せてくれるのはまんざらでもないけれど、自分達の性癖にわざわざ俺を巻きこまなくても…。なんだかびっくりしているうちに日が暮れてしまった。




サマータイムなので日が完全に沈むのは9時過ぎで、ホテルに着くのはいつも日付が変わってから。日記をつけたり話したりもするわけで、当然睡眠時間が短くなる。平均睡眠時間は3〜4時間。何かにつけて揉める面子だったのでほとんど眠れない日もあった。しかし今日はそんなことも言ってられない。前日割り振られた部屋が明らかに使用人の部屋で客用でなかったとしても、今日ばかりは眠いなんていえない。グッゲンハイムジャズが待っているのだ。


昼に買ったチケットを見せると、7ユーロほどチャージするだけで最高の演奏が見られる。この日が本当に待ち遠しかった。その日のビルバオはちょうど祭りで、夜になるとグッゲンハイムの向こうから花火が上がりだした。受付が始まる11時まで、ライトアップされたグッゲンハイムとそれを彩る火をぼんやり眺める。時間の感覚はどんどん緩くなり、疲れを感じない細胞はどんどん加速してゆく。今日は祭りなのだ。

               (つづく)

| すペいん | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0)
雨の日にする昼寝に、確かな幸せを感じる。

ベランダにわざとらしくペットボトルを置いたりなんかして。

いろんな音に包まれながら、温かいベッドの中に倒れこむ。

起きて、また寝て、うっとりと感覚が鈍る時間。

大切な気がします。
| | 22:28 | comments(2) | trackbacks(0)



一緒に移動するはずだったアンティエさんの到着が遅れているということで、パリまではメトロで移動することになった。乗り換え含めてどこへ行っても1ユーロととても良心的な値段で、空席も多いので日本よりも気軽でゆったりしている(帰りは黒人に絡まれて大変だったけれど…)。ユースのあるポアジからパリの中心街までは半時間程度で、着いてからのことを考えているうちにオランジェリーのすぐ側にある駅についてしまった。


オランジェリーは開館前だったので、そのまま少し歩いてオルセー美術館へ。日本人が好みそうな作品群をこれでもかというくらい並べた巨大な駅に、少しめまいがする。全部をじっくり見るのには一月くらいかかりそうで、脳内はパンク寸前。好きなところだけじっくり見て、その後は目的もなくただ街を闇雲に歩いた。


古今東西あらゆる芸術が溢れる古都。小説の舞台に群がる観光客。五感を上手く使わないと何か人の作った流れに飲み込まれそうな気がしたから、とにかく足を使った。呼吸して、流れを感じて、感覚的に道を選ぶ。


最初に落ち着いた場所は、広い公園、錆びた大砲に囲まれた広大な芝生の上。マーケットで買った小さなリンゴをかじりながら、老人達が何かボールのようなものを使ったゲームに興じているのを眺める。なんだか自分が遠くにいるような気がしない。空港についてからずっとそんな感じで、ベンチに座っているとなんだか溶けてしまいそうな気がした。一体自分が使わなかった分の時間はどこへ行ったのだろう?空の上を越してきた土地を足で辿らなかった分だけ、虚しかった。


公園を後にして、再び人のいない、暗い匂いがする方向に向かって歩く。観光客の姿は見えない。紙袋にパンを包んだ老人に、曇った表情で石畳を見つめながら歩く女性。しっとりとした空気の中、ぽつぽつと雨音が通り過ぎてやがて夕立になった。橋の下での宿り。ドイツカラーの船上レストランが霞に映えて綺麗だった。親子連れが遅れて入ってきて、目が会うと少しだけはにかんだ。少し雨の勢いが弱まったところで親子と別れ、再び歩く。足はいくらでも動いてくれる。





急な坂の上に、小さな教会が見えた。けれど坂の入り口まで来たところで今度は嵐のような降り方になってきたので、仕方なく目に付いた屋根の下で雨宿りをした。そこはホームレスなのかヒッピーなのかよくわからない謎めいた親父の寝床のようだった。雨に興奮すると、にかっと笑って歌いだす。出鱈目のようですごくハッピーなメロディを、不器用に辿る。遅れて入ってきたハイネケンの瓶を持った男。向こうでは高校生くらいの若者がなにやら喧嘩を始めた。土砂降りの雨にヒッピーの唄、ハイネケンに罵り合い。なんだか変な感じではあったけれど、3日目にしてようやく日本を離れた感覚を得たような気がした。


スイスは別として、フランスからスペインへ抜けた時には国境を越える感覚が無かった。通貨の両替も必要なく、パスポートの提示も要らない。交通手段は発達し、世界との距離は、うんと近くなっている。でも、ほんとうにそうだろうか?


ウラル山脈にシベリアの大地、北欧の森やアルプスの山々。空の上からそれを見たとき、テーマパークにいるような錯覚に陥った。日本から、ヨーロッパ。頭では理解しているつもりでも、体は納得していない。


「お前は本当に此処へ来たのか?」


どうしようもない問いが頭の中ををループする。
答えは何処にあるのか、未だにそれを見つけられずにいる。


| ふらんす | 10:01 | comments(2) | trackbacks(0)
ハロー 時々文章書きたくなって、ブログしてます。暇だったらよろしくー
CATEGORIES
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
LINKS
LIFE STRIPE
OTHERS